共有の価値と「自分」の変化 〜ダイアログBar 東京〜

  先日第一回ダイアログBar東京に参加してきました。

シアトルでミラツクの西村ゆーやさんと出会い、ダイアログのことを聞いてからずっと興味を持っていたのでようやく参加できました。

ダイアログ(ダイアローグ)とはコミュニケーションの手法の一つで日本語では「対話」と訳されます。単なる情報のやりとりではなく、そして異なる意見や考えを何か一つの結論に合致させようとする「議論」でもなく、互いが理解を深め合いながら意見や考えを共有していく場なのだと思います。共有していくことによって共感や意識•行動の変化を引き出し合っていく創造的なコミュニケーションの在り方のことです。

ダイアログバーは二部にわかれていて前半は今回のゲストスピーカー井上英之教授とミラツク代表のゆーやさんのトークセッション、後半は参加者同士が対話をするというもの。 前半のトークセッションはソーシャルアントレプレナーシップの変遷みたいなところの話で、ひでさんがご自身の経緯と絡めてPublic Management とビジネスセクターの繋がりの話や、「ソーシャルアントレプレナーシップ」という言葉に出会ってからの話などなど今まであまり聞いたことのなかったことが聞けました。

 

今でこそ社会起業という言葉は少しは広まっていますが、ネットで検索してもほとんどヒットしなかったその時代から世界の新たな切り口を描き、開拓していった(まさにパイオニア)その鋭い先見性と強さは並大抵のものではなかったんだろうなと思います。  

私、仕事、仕事の成果、社会の四つが一直線でつながる必要性がある、という話も面白かったです。ひでさんの話を聞く度にパーソナルストーリーの重要性を感じますが、私事を起点にして問題解決に取り組んでいかないと当事者への共感に欠けて独りよがりになってしまいます。そしてさらにはその仕事の成果が社会変革にまで浸透していないと結局のところ問題の本質的な解決には至らず、負のサイクルから抜け出ることはできません。

仕事の成果と社会の間を結節するようなシステミックチェンジが必要で、その為には政府•民間•社会セクターなど既存の垣根を越えたエコシステム(生態系)全体の形成が重要になってくるんですね。ここが抜け落ちてしますケースは多いと思います。Big Issueの例でひでさんも言っていましたが、Big Issueを売ることで自分のまわりのコミュニティや尊厳を取り戻しても、世の中のホームレスに対する認識が変わらなければ結局また路上に戻ってしまう。

 

 

尊厳と認識(パーセプション)。

この二つはもの凄く重要なキーワードであると感じました。一人一人の尊厳を取り戻し、同時に他のセクターとも協力しながら社会全体のパーセプションチェンジを引き起こしていく。それがエコシステムを創っていくことであり、構造的イノベーションなのだと思います。

トークセッションのあとは参加者(およそ100名)の中で25名が話したいトピックを提示して自分の興味のあるところに集まって(最大四人まで)対話(ダイアローグ)をするという形式でした。先着25名ということだったので特に何も考えずとりあえず前に出て考えました(笑)先日、フィンランドで見つけた「学びのデザイン」/フィルムアート社というとてもインスピレーションの多い素晴らしい本を読んでいたこともあり、結局『(義務教育以外の)「学びの場」』というトピックにしました。「保育教育」や「二枚目の名刺」、「夜の仕事と女性」など他の方のトピックもすごく面白そうで、自分がトピック出してから「あ、そっちも行きたい」みたいのが結構ありました。 25人の出したトピックのうち自分の好きなトピックのところに集まって、それに関して話します。17分経ったら別のトピックにいって17分間話すという感じです。 僕のトピックに誰か来てくれるのかなーと初めはちょっと不安でしたが、すぐに人が集まって下さりいろいろな話を聞くことができました。感じたことを二点ほど。

大人も学びの場を必要としている

このトピックを提示した時、僕はどちらかと言えば「こどもたち」をイメージしていました。ですが、集まって下さった方々との対話を通して強く感じたことは、大人も学ぶ場が必要なんだ、ということです。「学び」に対する認識が爽快に広がって行きました。ダイアログの参加者のほとんどは社会人の方々だったのですが、僕のテーブルに来て下さった方々の多くが社会に出てから自分のことを見つめなおし、新たに見えてきたゴールに向けての具体的な手法や、主体的な選択をとっていく為のマインドセットチェンジみたいなものを求めているように感じました。

「学び」というのは何も大学の授業のようなものだけではありません。それよりもむしろ自分がこれまで積んできたスキルセットや経験を社会の為にどのように活かしていくのか、あるいはそれをどう具体的なソリューションへ落とし込んでいくのか、そして自分はどうやって生きていくのか、といったことを考えられる場、見つめ直せる場、それが「大人の学びの場」なのだと思います。

日々大量の仕事に忙殺されて、創造的に自分とゆっくり見つめ合い、他の人とビジョンを共有する暇もない。革新的な変化をおこしたいイントレプレナーの方々もイノベーティブなチャレンジが評価されず生きづらい。そういった状況がなんとなく伝わってきました。こうして100人もの社会人の方が集まるダイアログバーも新たな機会、「学びの場」なのだと思います。学ぶ機会に主体的に飢えているのはこどもよりむしろ大人なのかもしれまん。

 

社会にでるって案外楽しい

ダイアログは議論ではありません。様々なバックグラウンドの人が集まってそれぞれの切り口から世界をみて感じたこと、考えたこと、伝えたいことを共有する場なのだと思います。僕のトピックに集まってくれた方だけでも、日本財団、フリーランス、朝日ビール、ソニー、人材コンサルなど様々な仕事をされていて、そういった方々が交わすダイアローグは非常に切り口が多岐にわたり面白いです。

そして、一点目で述べた状況がある一方、社会で働くことを楽しんでいる方もたくさんいらっしゃいます。実は学生の僕らが思っているよりももっともっと多様な生き方があって、でもそういった生き方に触れる機会はなかなかない。とても限定的な「働く」というイメージの中で自分の生き方を見つけなければ!ともがき続け、囚われてしまう。今回のダイアローグで一人の方に「学生はネガティブなイメージを持ってるかもしれないけど、社会にでるって案外楽しいよ。社会を彷徨うことでさえ楽しめるようになればいい」と言って頂きましたが、そういった言葉を内側で求めている学生は多いのではないかと思います。

今回初めてダイアログバーでしたが、素敵な方々に多く出会えてとても楽しかったです。ダイアログは共有するところに価値があって、みんなで共通の何か「答え」を探すものではありません。一人一人違った考え方や価値観を持ち込んでそれが混ざり合ったものを結局は自分が個人として持ち帰って行く。みんなで一つの結論をだそうとすると削ぎ落されていってしまうような些細で繊細な、でもとても大切な部分をじっくりと自分の心に落とし込んで行く。だからそれは「みんな」のではなく「自分」の変化であり、帰って行った一人一人がそれぞれ違った吸収の仕方をしていく、そんな体験なんだなと感じました。

招待してくださった代表のゆーやさんはじめ、お会いできたみなさんに感謝です。