「イノベーションの転換期」事前対談【後編】 〜大企業がイノベーションのジレンマを乗り越えるには?〜

「イノベーションの転換期」事前対談【後編】 〜大企業がイノベーションのジレンマを乗り越えるには?〜

「イノベーションの転換期」事前対談レポートの後編。大企業が新しい価値を生み出し、イノベーションのジレンマを乗り越えていくために必要なことは何か。NRI イノベーション室長 山口さんとDesignit Tokyo 代表の櫻井さんの対談取材(水色背景の部分)を、自身のコメントを添えてまとめました。(前編はこちら

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Designit Tokyo 代表 櫻井亮 
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野村総合研究所ビジネスイノベーション室長 山口高弘

イノベーション航海論 〜不確実性への大航海時代〜

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これからの組織経営は、タグボート経営

企業組織が自分たちの城の近くにプライベートビーチをつくることで、船を出す経験を積み、長期航海への覚悟を持った人が増えてくると、企業におけるタグボート経営が本格化してくるのではないでしょうか。タグボート経営というのは、大きな方向性は共有しながらも、細かなベクトルはボートごとに異なり、個々の創造性が最大限に発揮されている状態を創り出すような経営。しかも各ボートは外部リソースともつながりながら、という感じですね。これからの組織の在り方だと思います。

大企業が不確実性の高いイノベーションの海へ航海にでていくために必要なことはなにか、という議論の中で、タグボート経営というキーワードがでてきました。大企業の構造上の問題の一つに、複雑化した組織構造がゆえに、役割分担が硬直化され、マーケット(人々)と直接対峙する人の数がとても少ないということがあるのではないかと思います。

その点、このタグボート経営は、細かい単位でマーケットと直接つながっていくことになります。 後述しますが、「ユーザーとの対峙」や、それを通した「セルフオブザベーション」が、イントラプレナー(社内起業家)に強く求められることを考えると、マーケットと直接つながる接点をより多く持つことを可能にするタグボート経営は、これからの組織の在り方としてとても面白いのではないかと感じました。

ポイントは、航海にプロセスとかゴールとかを求めないことです。城は設計をしないと崩れるけど、不確実性の高い航海ではプロセスを決定することができません。これまでのルールや成功事例とかから脱却して、明確な完成図とか既存のKPIとかを持たないまま、それぞれのボートがそれぞれのベクトルを持って航海にでていくことを許容していく必要があると思いますね。

大企業の経営層には、タグボートの乗組員となるイントレプレナー人材を許容するための受け皿をつくっていくことの大切さを伝えたいですね。そこにはメリットがあり、それは城を壊すことにはならないんだ、ということをしっかりと伝えることが重要だと感じます。

あと、港をつくる人と船に乗って航海に出る人は区するということもとても大切です。つまり、船を出したいという人に港をつくらせてしまうのはだめなんだよね。航海に出たいイントラプレナー達に、じゃあ自分で港つくれよ、ってなってしまうと、港をつくること自体に数年かかってその間にみんな疲れ果ててしまいます。

ここもすごく同感です。これまで社内イノベーターとして奮闘している人達とたくさん会ってきましたが、航海に出てやりたいことがあるのに、そのために様々な準備(港をつくること、明確なプロセス設計など)が求められて、結局いつまでたっても航海に出れずに疲弊してしまっている人達も多い。

いや、そんなことでへこたれているようじゃ航海なんてでれるか!っていうやたらに体育会系な議論もありますが、港をつくることと航海に出ることはそもそも全く別の能力や質が求められるのであって、それを気合いだ!精神でまとめるのはナンセンス。既存の評価軸やKPIから脱却して、彼らが自由にチャレンジすることを企業組織側が許容できる体制を整えていかなければならないと思います。

とはいえ、誰でも自由に航海していいよ、っていう話でもない。では、イントラプレナーに必要な人材要求とは何か、つまり タグボートに乗るのはどんな人達なのだろうか。

 

イントラプレナーに必要な資質とはなにか

サッカーでいうと、本田ですね。FWなんだけど、状況に応じてきちんと守備もする。しかも左足のシュートを封じるために相手が戦略をねってくるのであれば、右足とヘディング(最近猛練習しているらしい)で、動的にパターンを外していく。

メッシみたいな天才型イノベーターがいればいいけど、その人材を探すのは確率論の世界になってしまう。日本の大企業に求められるのは、本田のように、既存の成功モデルに固執せず、状況に応じてパターンを外し、新しいパターンを再構築/認識していけるような人材

不確実なパラダイムで活躍できるし、しかも会社の中でもパフォーマンスが高いのがイントラプレナー(社内起業家)たち。結果も出していて、認知もあり、社内リソースをつかいこなせる立場にあるようなイントラプレナーが、今後の大企業のジレンマを突破していくキーになると思います。

 このパターンの再構築というのは、「新結合の遂行」というシュンペーターのイノベーションの考え方とも深くつながっているように思います。「オフィスの外にでろ」とよく言われますが、関連のない不確定な要素どうしが連結し、知識と知識が複合的に再構築されていくようなこと、そのトリガーとなる既存の視点をぶちこわすような体験は、城(組織)という同質化したサイロな環境ではあまり起こらない。外に出て、ユーザーや外部プレイヤーと対峙することの重要性はそこにあるのだと思います。

外に出て行くことは、セルフオブザベーション(内省)でもあるんだよね。エスノグラフィーにも通じるけど、ユーザーの中に答えがあるのではない。ユーザーを通して、自分の潜在性を見る。それが、パターンを再認識し、再構築し、イノベーションにつながっていく。

面白いですね。先日、行動観察を専門とする方が興味深いことをおっしゃっていました。

行動観察では、主体と客体が重なっていくような感覚がある。対象の中に入り込み主観を感じると同時に、少しひいて客観視している。だから共感ではなくて、違和感や嫌悪感さえ覚えるんです。

これってもしかするとU理論でいう、プレゼンシングの先の部分なのかもしれないと思いますが、「ユーザーを通して、自分の潜在性をみる」ことは、まさにこの主客合一と通ずるところがありますね。

 

この「ユーザーを通して、自分の潜在性をみる」ことは、前回の記事でも触れた、

たぶんバナナボートにのって近海を泳ぐことの意味は、城を離れて、違った視点を得ることなんですよね。自己内省も含めて。こういうことをしたい、こういう顧客をハッピーにしたいという想いやメッセージがないと、不確実性の高い荒波の立つ長期航海にはいけない。つまり、プライベートビーチの段階で大事なのは、自分のやりたいことをみつけて、長期航海にでる覚悟を得るということなのかもしれない。

という部分ともつながってきます。バナナボートを通じた自己内省と長期航海への覚悟とは、個人と組織と社会が一筋につながった状態であり、それは内発的な動機やエネルギーとなって航海の原動力となるのだろうなと思います。

前回も書きましたが、イノベーション創出の文脈は、単なるHowとかWhatのみでなく、その人個人のWhy、すなわち個人の在り方(Being)と社会の関係性をぬきには語れないことなのではないかと思います。これは社会的な起業家やソーシャルイノベーションの文脈で感じてきたことですが、イントラプレナーにおいても同じことが言えるのではないでしょうか。自身の在り方と向き合わずに、長期航海にでても、社会のため、組織のためにと頑張りすぎて、いつの間にか自分のwhyから離れていってしまい、疲弊してしまいます。

余談ですが、上記の部分、とっても大事だなーと思っていて、今、大阪ガス行動観察研究所の方と、ここにフォーカスをしたイベント(2月8日です。近日オープンになります。)を企画しています。その第二部では、マインドフルネスな対話など仏教の考え方を取り入れた「空海とイノベーションワークショップ」なども行いますが、これがまた面白い。

ここでは詳細の説明はしませんが、

「対立せざる終えない個の次元」(資本主義とか)と「調和的な全体の次元」、二つの次元を往復していくことで、現実世界での葛藤や課題にすっと向き合える、そんな体験

とだけ書いておきます笑。お楽しみに!

最近ではグーグルの瞑想やマインドフルネスに関連する社員向け能力開発プログラムが話題になったりしていて、WIRED.jpでも取り上げられたりもしていますね。

参考:シリコンヴァレーが、いままた「禅」にハマる理由

 

城、航海、そして宇宙へ。持続的にスケールしていくための企業経営

話を対談に戻します。もうこれで終わりです。

ここまでは、港をつくって、船を出すという話をしてきたけれど、実は創業者にとっては更地に城を建てることは航海であったはずであり、さらに言うと、航海にでた人達が今度は宇宙を目指すことが必要になってくる。

つまり、更地に城をたてるのと、航海をしていくのと、宇宙をいこうとするのはおそらく共通性があるはずで、それを企業哲学や文化に入れこめられるかが、500年続く企業、あるいは持続的にスケールするプラットフォームをつくっていく上で大切になるんじゃないかな

ということで、これまでのイノベーション航海論を俯瞰しながら、持続的にスケールしていくための企業の経営とは何か、という話で締めくくられました。

<共通して求められること>

 ①今までの成功パターンからの脱却
・高度に分担された同質化集団→圧倒的なダイバーシティのある集団へ
・完成図を投入→プロトタイピングへ(ムダを省いてゴールに集中するのではない)
・新たなKPIへのシフト

②物事の定義を変える
・ユーザーと向き合う
・外部との接点

③今までの要素を分解して、組み直す(新結合)
・既に持っている資産と新しい要素を組み合わされる
・これまでも言われてきたことではあるが、①と②と並行してやることが大切

(後編終わり。前編はこちら

 

新年からとても刺激的な対談でした。是非1月16日のイベント「イノベーションの転換期 〜新時代の企業戦略と人の在り方〜」に足を運んでみて下さい。こうして事前対談で、内容を事前に公開しているのは、当日には内容を踏まえて参加社と一緒に対話の場をつくっていきたいから、とのことです。国内外のイノベーション最前線で活躍するプレイヤー達を迎えて、これからの社会を創っていくための思想や実践が交される、面白いイベントになりそうです!

*今回の対談記事は、イベント主催のGOB-labのブログでも公開されています。