生命の総体としての土壌、水と空気の通り道、菌糸と磐座(土中環境 / 高田宏臣)

高田さんの「土中環境」
生命の総体としての土壌の全体性を踏まえ、抜本的な大地の再生に迫る本。

サブタイトルは「忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技」。
建築における土中環境の着眼思想(眼差し)と、日本の伝統的な技法を土台とした、水と空気の循環を中心に大地の呼吸を再生させる具体的な土木造作と施工方法(実践)は、お話をきけばきくほど感銘を受けますし、土木建築に関わらず環境再生に関わる人にとっての必読書なのではないかと思います。

大地の血管、通気浸透水脈へのまなざし

本書というか高田さんたちが実践されている土木造作のハイライト、大地の血管=通気浸透水脈について。
なお、通気浸透水脈というのは高田さんの造語で、土中における根や菌糸ネットワークによる水や空気の通り道のこと。

・健全な土中環境においては、降り注いだ雨が円滑に染み込み、ゆっくりと土中を流れます。そしてその水は、土の中だけを流れるのではなく、まるで息づぎをするかのように地上に湧き出してはまた土中に潜り込むという行き来を繰り返します。その水の動きに連動して、空気も押し出されたり引き込まれたりしながら土中を動いています。その流れのラインを「通気浸透水脈」といいます

・通気浸透水脈は表層土層であるO層からA層においては、毛細血管のように張り巡らされ、深部へと浸透するにつれて、太いラインに集約されていきます。大地を息づいた状態に保つ上で必要不可欠な、いわば大地の血管です。

興味深いのは、この通気浸透水脈の形成に関する木々の根と菌糸の協働作業。

・菌糸が土中に張り巡らされて空隙を作り、そこに根が侵入し、やがてC層に達します。この時、心部においても菌糸は水脈ライン沿いに集中して伸長し、樹木根との連動によって、土中深く空気や水を動かしていきます。

・C層の母岩は菌糸と根の働きによってゆっくりと溶けて、生命活動に不可欠なミネラルを放出しながら、さらに深部へと土壌化が進みます。

・放出されたミネラルは水に溶け、通気浸透水脈を通して上部へと移動し、それが土壌表層部に集中する土壌生命活動を支えるのです。土の世界はこれを一連の動きとして全体で見なければなりません。

あと、個人的に最もぐっときたのが磐座に関する記述でした。神社にいく度に磐座の存在がとても気になっていて、土地全体とつながっている感じを受けていたのですが、その感覚がふっと腑に落ちました。岩と菌糸と土壌環境とのつながりについても実践に支えられた素晴らしい観察と考察が書かれていますので、ぜひ本書を読んでみてください。

健全な土壌に多孔質の団粒構造:土壌の構造と土中菌糸と樹木との共生

そして、この水と空気が健全にめぐっている土壌においては、「団粒土壌」とよばれる多孔質な土壌構造を持った土壌へと育っていくそうです。ここでも多孔質!あいだのラボでは「多孔性」という言葉を使っていますが、炭がまさに多孔質の構造で、穴がたくさん空いていることで水や空気の通り道となったり、土中で微生物が住み着くことができたりする。千葉県・山武市の森でWO-unさんたちと開催した「森の手入れフィールドワーク」で行った土中に水と空気を通すための「しがらづくり」もやっぱり多孔性。ポロシティすごい。

・土中の水と空気が健全で滞りなく動く時、土壌は多孔質な状態へと育っていきます。この多孔質な土壌構造を「団粒構造」といい、これを有する土壌を通称「団粒土壌」といいます

・土中の水と空気の動きの良い環境では、団粒構造は土中深部にまで発達していき、ますます通気性も透水性も貯水性も増し、生き物環境としてより豊かな環境へと育っていきます

土中に水と空気の通り道をつくるしがらづくり。あいだラボフィールドワーク@日向森にて。娘も一緒に。

健康な団粒構造では、水は主に、「重力水」「毛細水」「結合水」という3種類の働き方をして、それによって好循環が生まれていくのだそうです。

・重力する水:水の重さによって上から下へと動く。大きな空隙、マクロ暖流の間を通過し、新鮮な空気とともに土中を血管のようにんがれます

・毛管水:水の表面張力によって、やや小さな空隙に吸い寄せられて止まり、毛細血管現象によって動く水。樹木コンの吸い上げや地表からの蒸発に引っ張られて、上へ横へと、細かな土壌空隙を自在に動き、土中全体としっとりと潤していく。樹木が水を吸い上げる時、主にこの毛管水が吸収される

・結合水:より小さな空隙において、分子レベルでの結合状態でとどまる水(科学的結合水)。容易に引き剥がすことができないため、常に一定量の水は結合水の形で土壌団粒の内部に保たれる

団粒構造を保つ菌糸の働き

さらに、この団粒土壌を支えているのが土中の菌糸。先程の通気浸透水脈の形成のみならず、土の中の網目のように張り巡らされた菌糸は、団粒構造の空隙を保ち、大地全体の生命および物質循環において決定に重要な役割を果たします。

なお、土や微生物をテーマに世界中に大きな影響を与えたデイビットモンゴメリーの「土と内臓」にもでていましたが、ティースプーン1杯の健全な土壌には約800mもの菌糸が含まれているそうです。

・団粒土壌の空隙を保つためのノリのような働きをしているのが、土中の菌糸。菌糸は、菌類バクテリアの集合体であって、これが健康な土中に網の目のように張り巡らされます。また、菌糸は落葉などあらゆる有機物の分解過程で生じ、多種の菌類やバクテリアによる代謝の連鎖によって、あらゆる有機物を土に還していきます。

・有機物が土に還る過程で、その養分の吸収、分解し、菌類などの微生物から始まる新たな命が誕生し、そして多様な生死の循環がそこから連鎖していく。この菌糸群が土中での命の循環において決定的に大切な役割を担う。

・その役割とは、土壌中の生物循環の養分、水、情報の伝達といった、大地全体の生命維持にかかせない働きです。だからこそ、まるで神経組織のような糸状の形状が不可欠なのです。

・菌糸群によって保たれる土壌粒子間の空隙により、土中の生物活動の限りない連鎖・循環が育まれ、多種共存の平衡状態が保たれます

・この菌糸群は、健康な植物の根の先端部分に着生(感染)したものが「菌根菌」。菌根菌は、特定の菌ではなく、多彩な菌類やバクテリアの集合体(=菌糸群)として存在します

・この共生する菌根菌の媒によって、木々は土中から水分の他にも、生存に必要な様々な微量元素や養分を取り込んでいきます

・同時に木々は、菌根菌から一方的に水や養分を得るのではなく、光合成生産物の余剰分や、不要となった老廃物を根から放出し、それが菌根菌を育てるという、樹木と菌系との共存関係を形成します。

・土中に菌糸が張り巡らされることで、土壌の団粒構造が壊れることなく保たれ、保水性、透水性、通気性共に高く安定した、生き物が生育しやすい土中環境がつくられます。この状態が保たれることで、多種共存の生き物バランスが生まれ、全てが代謝の連鎖の中でさまざまな命を養い、循環する生態系のバランスが持続されます

・菌糸や細根の最も充実した部分がこの腐植層です。腐植層雨撃を遮り、氷土の流亡・崩壊をフレ芸、土中に円滑に水を浸透させ、貯水し、禁止や微生物のフィルターを通して水を浄化、活性化し、土中の生き物循環を健康で豊かに養います。

先日間引き収穫した大豆の菌根菌。

生命の総体としての土壌と向き合う

こうした健全な土壌構造が崩壊されてしまうと林床の荒廃が起こってしまう。そうならないように土中環境への眼差しと理解をもって、建築や土木と向き合っていかなければならない(そうした叡智がつまっている伝統的な技法や土木造作を受け継いでいかなければならない)と高田さんは警鐘を鳴らします。そして、その根幹にあるのが土壌を生命の営みの総体として捉える高田さんのまなざしなのではないかと思います(本書では、はじめにで書かれています)。

・健康の土壌はすべてのいのちの源であり、母体でもあります。命ある全てのものは土に還り、そしてまた新たないのちがそこから生まれるという、生と死の循環と再生が絶え間なく続きます。土の世界も命の総体として見ていかねばなりません。

・現代の科学における土の研究においては、専門分野ごとに分断され、それぞれ別個に研究・分析されています。例えば、土壌の化学的性質においては土壌化学や生化学が、物理的性質については土壌物理学が、そして土壌微生物学の生態については微生物学が研究対象とするといった具合です。

生命の営みを本質的に理解するためには、自然の摂理、自然が行う秩序を体感として「感じる」ことが大切です。その上で、生死の循環を総体的にみていくような哲学的な視点も必要になります。

・土壌を考える際も、単に物質として形状の性質をみるだけでなく、生命の営みの総体、あるいはそのものとしてみていかなければなりません。

このあたりは南方熊楠が19世紀の西欧における生物学や人類学の限界を指摘し、来るべき統合的な学問をみたこととつながるように思います。

重要なことは、生命の営みに本質的に迫っていくためには中沢新一さんの言葉を借りれば「客観的な観察者としての立場を手放す」ことであり、それは、建築家でパターンランゲージの生みの親 クリストファーアレグサンダーのいう「自身の感覚そのものが生命の計測器になる」という態度が必要不可欠になるということであるし、マルチスピーシーズ民族誌で指摘されてきたSeriously taking、つまり「内在的な観点からの内部観測(of=対象としてではなく、with =共に考える)」ということにもつながるのではないかと思います。

土壌を物質的形状としてではなく、生命の総体として出会いなおす時に、立ち上がってくる関係性や絡まり合いにこそ高田さんの土中環境の実践の根幹があるのかもしれません。