デザイン思考とは? 〜共感とイノベーション〜
今回から数回にわたりサンフランシスコ/スタンフォードで参加したESIプログラムで得た学びと考えたことについてまとめていきます。(ESIの簡単な紹介は以前のブログにあります)
デザインとは何か?
「デザイン」って何でしょうか?
デザインは今回のESIプログラム全体を通じてのテーマでもあったのですが、 プログラムに参加する前と後で捉え方が180度変わりました。今回プログラムでの一番の学びはここに集約されるような気がします。
ソーシャルイノベーションに関わるたくさんの人に話を聞き、ワークショップを行いましたが、その中で最も大きかったパーセプションチェンジは デザイン=問題解決 ということです。デザインとは問題解決そのもので、もっと言えばデザインとは問題解決に至るまでの、論理の積み重なった一連のプロセスを全て包含した概念ということになります。
そしてこの「問題解決に至るまでの一連のプロセス」を遂行していく為のツールがデザイン思考といわれるフレームワークです。デザインとは何か、について書く前に今回はこのデザイン思考についてD-schoolでのワークショップの体験をもとに書いていきます。
ちなみに僕はデザインを学問として専攻しているわけでもないのであくまで今回のプログラムでの体験や本からのナレッジに基づいた個人的な洞察だということをご了承下さい。(ですので指摘等していただけたら大変嬉しいです。)
デザイン思考 イノベーションを生み出すツール
デザイン思考は問題発見から問題解決に到達する為のステップを体系化したもので、その言葉自体はある建築家が著書のタイトル「Design Thinking」として使ったことが起源だそうです。
それをビジネスコンテクストであるプロダクトデザインの方法論として確立させたのがかの有名なアメリカのデザインコンサルティング会社IDEOです。(今回のプログラムでも訪れました!)
デザイン思考にはこれから書いていくようなベーシックの骨組みだけでなく、 ユーザーの要求分析手法であるペルソナ/シナリオ法やユーザー調査法の文脈質問法など関連したいくつもの手法がありますが、経済専攻のただの大学生の僕が背伸びをしても意味がないので、今回は僕がD-schoolあるいはESI全体での体験に基づいたパーソナルな学びを共有します。
上記したペルソナ法などについてはよくまとまっている記事がありましたのでこちらを参照下さい。
5つのステップ
デザイン思考にはEmpathy, Define, Ideate, Prototype, Testという五つのステップから成り、これをこなしていくことでデザイン=問題解決を効率的に生み出していく、という感じになります。ただ念のために書いておきますが、デザイン思考はあくまでツールですのでこれを使えば必ず問題が解決するような魔法のランプみたいなことではありません。イノベーティブな問題解決への到達を手助けしてくれるツールということです。
今回のD-schoolのワークショップではGift-Givingのアクティビティを行いました。簡単に言うとパートナーが誰かにギフトをあげたパーソナルストーリーを掘り下げ、その人の潜在的に抱える問題を探りだし、ソリューションを考えていくというものです。
それではこのワークショップで得た洞察をもとに5つのステップ一つ一つ簡単に見ていきます。
<Empathy 共感>
これはフォーカスをあてている個人、顧客、あるいは問題の当事者により近いところで状況を把握するためのステップです。より具体的にブレークダウンすると、当事者が何を感じ(Feel)、それに対してどう考え(Think), どう主張し(Say), どう行動している(Do)のかという四つのオブザベーションを考えます。そしてそれを整理する事で当事者の目線で問題を見直してみようということです。ターゲットを集団としてみるのではなく個人レベルでのパーソナルストーリーに迫ることがポイントとなってきます。
先ほど出てきた文脈質問法(contextual inquiry)などが具体的な手法として有名です。 Gift-Givingの例ではそのギフトをあげたのにはどういうストーリーがあって、なんでそのギフトを選んで、何の為にあげたのか。どういうところに悩んで、どこにChallengeがあったのか。そういったことを聞くわけですがここでめちゃめちゃ大切なのはどう質問するかです。
デザイン思考ないしEmpathyのステップでは当事者も気付いていないかもしれない潜在的なニーズに迫っていくことがポイントになります。ですから「プレゼントあげる時に一番悩んだことは何?」とかいうあまりセンスのない質問をしても 当事者が自身を把握している範囲内にリスポンスが限定されてしまうわけで、 例えば「プレゼントを渡した時の相手の反応とそれに対しての自分の感想」といった聞き方で、よりその人のパーソナルストーリーに迫り、そこから核心的な要素を抽出していくスキルが求められます。
その点このGift-Givingのワークショップはすごいよくできているな、とやって初めてわかりました。だって普通はGiftをあげた体験に解決すべき問題点やニーズなんてリンクしませんよね。買ってあげて、喜んでくれてはいハッピー、みたいな。
しかし、驚くべきことにワークショップに参加した約30人(15組のペア)すべてのペアで何かしらの問題•ニーズを見出していったのです。ちなみに僕の場合、僕のパートナーが旦那さんにギフトをあげた背景を掘り下げていくうちに「“その人(パートナー)が旦那さんを気にかけている”ことを旦那さんがわかってくれているということを旦那さんに表現してほしい」といったニーズに行き着きました。
<Define 問題定義>
ここではEmpathyで得たオブザベーションをもとに、本当に解決するべき具体的問題は何なのかということを定義していきます。ここで重要なのは当事者が求めている状況(ニーズ)はどういったもので、それが達成できていない、あるいは問題を抱えている現在の状況がどういったものなのかをきちんと整理し、それらの乖離にはどういった要因が存在するのかまで洞察(Insight)を徹底することです。
その上で問題が解決される事なく再現されていく負のサイクルを描きだし、そのサイクルを断ち切るにはどこの要素にレバレッジをかければいいのかを見極め、じゃあその為に本当に解決すべき問題は何なのかを定義していきます。(Theory of Changeの考え方。これに関するエントリーは次回)
ちなみにこの段階でのワークシートでは
“<Why> どうしてパートナーはその人にそのギフトを あげたのか。”
“<Something beyond expectation> 何か驚いたこと “
の二点に基づいて
( User Description ) needs
a way to ( User’s need )
because/but/surprisingly ( Insight )
ということを考えていきました。
(ワークショップの様子)
<Ideate アイデア>
問題を定義したら、その問題が解決され当事者のニーズをみたすようなハッピーな状況を生むにはどうしたらいいかという具体的なアイデアを考えていきます。ソリューションのブレインストーミングの段階で、ここで大切なのは最初からベストのアイデアばかりをアウトプットしようとするんじゃなくてとにかく何でもいいから思いついたアイデアを脳みその外にだしてみることです。馬鹿げた、現実生の全くないアイデアでもとりあえず書き出してみるのです。
D-schoolでのワークショップで得た教訓の一つは
“Separate Generation and Evaluation” (アイデアを生み出していく回路と評価する回路をわけろ)
です。これ効果的なブレストをやる上での最も大切なポイントだと思います。 なんだかんだで自分のアイデアに対して、果たしてそのアイデアが本当に問題解決につながるのかとか実現可能なのかとか、こんな馬鹿げたアイデア言わなくていいかとか、GenerationとEvaluationを同じ思考回路の中で行ってしまいがちです。
ワークショップではRidiculous なアイデアをもう頭の中が空っぽになるまで出し切ったら、書き出したアイデアを眺めていき、そのうちの5つについて絵を描きました。文字はその中からプロトタイプのステップまで持っていく気に入ったアイデアを選んでいきます。出てきたアイデアを組み合わせていくことももちろん考えられます。ワークショップをやってこの段階ではあんまり実現可能生については考えない方がいいのだと感じました。 “Keep the idea ridiculous now. Prototype is the time to make it into reality.” (今は宙に浮いたアイデアのままでいい。プロトタイプの時にどうしたら実際に実現できるかを考えるんだ。)
<Prototype プロトタイプ>
これはIdeateで得たアイデアを実際にかたちにしていくプロセスです。頭の中でイメージするのではありません。実際に手を動かしてつくることが本当に大切になります。別に頭で考えていても同じじゃないかと思われるかもしれませんが大間違い。これは実際にやってみるまでわかりませんが、手を動かして初めて気付くことがたくさんあるのです。実際にモノを組み合わせ、創意工夫しながらプロトタイプすることはそのアイデアを洗練していくことにつながります。また、実際にかたちのないプロダクトのプロトタイプはどうするか、という点に関してですが、とにかく実際につくるのです。
D-schoolの人が見せてくれたビデオの例の中にはiPhoneのゲームアプリのプロトタイプがありました。彼らは実際に段ボールかなんかで大きなiPhone のフレームをつくり、切り抜いてあるスクリーンの部分の向こう側で実際に人が動いてゲームを真似していました。アプリ画面一枚一枚を紙に書いていくのでもいいし、とにかく何でもいいから実際につくるのです。そうすることでフィードバックももらえるし、自分たちの中でも多くの気付きを得る事ができます。 みんなそれぞれアイデアを様々なものを駆使してかたちにしていきます。
<Test テスト>
プロトタイプができたら、実際にそれを試します。Empathyの段階でアプローチした顧客を中心にターゲットを再び巻き込んでいきます。そうして得られたフィードバックをもとになんで失敗したのか、どこの仮説が上手くいかなかったのか検証していきます。つまり実際に試行→失敗→問題発見→プロトタイプの改善を反復的に行っていくわけです。
大切なのはデザイン思考のこの5つのステップは一直線上にあるのではなく、サイクルだということです。デザイン思考とはこの五つを一直線に並べて、Testまでいったら完結なんだ、と捉えてしまっては意味があまりありません。Testからまた最初のEmpathyへ永久的にサイクルは続いていきます。PrototypeしてTestをしたら(失敗すればいいのです!)どうしてそれが失敗になったのか、次に活かしていく為にはどうすればいいのかを考え、必要であればまたEmpathy、Define…のプロセスをまわしていきます。 シリコンバレーのカルチャーとしてよく “Fail Early, Learn Fast” (早く失敗して早く学べ) が言われますがまさにその通りで、このデザイン思考のプロセス(サークル)の回転率をどんどんあげていくことがもの凄く重要だと思います。
共感がイノベーションを生む
以上デザイン思考における五つのステップをD-schoolでのワークショプ体験と絡めながら見てきました。 最後に僕がワークショップを通して感じたポイントを二つ。
一つ目は時間的制約の力です。
ここまで五つのステップを長ったらしく説明してきましたが、実際のワークショップでは
Empathy :ファーストインタビュー3分、セカンドインタビュー2分
Define: 2分
Ideate: 4分
Prototype : 5分
Test: 4分
ぐらいだったように思います(記録取ってなかったのでかなり曖昧ですが)。 やってみればわかりますが、これかなり短いです。特にプロトタイプの時とか「ここに素材何でもでもあるから好きなの使って五分でプロトタイプつくってー」みたいな感じで最初は「そんな無茶な…」と思いました。ですが人は時間に追われれば案外凄いもので、タイムリミットに急かされされながら手を動かして無理だ、無理だといいながらなんとかやってしまうものです。というか逆に時間にプッシュされるからこそ実現することもたくさんあるということは終わってからみんな口を揃えていっていたことです。
いい意味で時間に追われることは失敗に対する恐怖から自分たちを解放してくれます。その結果、よりクリエイティブなプロト化が実現しやすくなります。(ちなみにここでのクリエイティブは、それまでの論理的プロセスの上にあるクリエイティビティであることは忘れてはいけません。)そしてそれが失敗したらなんで上手くいかなかったのかを考えて、また次を始めればいいのです。失敗から学べばいいのです。で、どうせ失敗するならさっさと失敗してどんどん次のステップに進んでいけばいいのだと思います。 ということで、時間が自分たちのクリエイティビティをプッシュしてくれるという気付きでした。
二点目は やはりデザイン思考の核は人間中心デザイン=Human Centered Design (HCD)なのだということです。それも集団としての人間中心ではなく、 個人のパーソナルストーリーにスポットをあててそこから膨らんでいくものなんだと思います。 特に最初のステップであるEmpathyの部分はその後すべてのステップの土台となるためとても重要でここでどれだけ当事者と「仲良く」なれるかが大切なように感じました。
日本のソーシャルアントレプレナーシップのパイオニアであり、僕もシアトルでお世話になった井上英之教授監修の「社会起業家になりたいと思ったら読む本」(ダイヤモンド社)では カナダ人の教育家/社会起業家であるメアリー•ゴードンが設立したルーツ•オブ•エンパシーについて言及しており、
…(中略)…その手法は斬新なものです。毎月一度、教室に赤ん坊とその親を迎えて。インストラクターが生徒達を指導します。赤ん坊は「教授」の位置づけです。授業では毎回、赤ん坊を観察してどういった音、表情、動作を示すかを説明するように、また、それらを自分自身の経験を結びつけるように生徒達に求めます。すると生徒達は、赤ん坊がどういった感情を抱いているのかを見極め、それを言葉で表現することをとおして、自分やクラスメートの感情についての理解を深めます(p29)
また
民主主義の社会では、市民は他人に共感し、問題の存在に気づいて一緒に解決策を生み出していく必要があります。(p29)
として共感の重要性について述べるとともに共感する力は練習によってのばすことができると書いています。 最初にも書きましたがデザイン思考はツールであってそれを使えば誰でもイノベーションを生み出せるような魔法のステッキではありません。やはり土台には自分の人間味みたいなのがキーになってくるのです。 まずは普段の日常の中で、“他人に共感し、問題の存在に気づいて”いくことをちょっと頭の片隅においておくことが、街の景色をちょっぴり変えていくかもしれませんね。
ということで今回はデザイン思考についてD-schoolでの体験にもとづいて書いてみました。気がついたらずいぶんと長くなってしまいました(ほんとに長い!)が、最後までお読み頂いてありがとうございます。ほんの少しでも何か印象に残ることがあれば幸いです。 次回はデザインとは何かという話にからめてTheory of Changeについて書いてこうかと思います。