菌の声。縁起としての発酵。生命の連環への入り口をひらく。(菌の声を聴け / 渡邊格・麻里子)

菌の声。縁起としての発酵。生命の連環への入り口をひらく。(菌の声を聴け / 渡邊格・麻里子)

タルマーリーの渡邊さんの新著「菌の声を聴け」。

とても面白かった。

面白かったというか、面白いとかを超えて読んでいて胸が熱くなってしまった。

パンやビール、お酒作りなどとは繊細さが全く異なるのですが、日々ぬか床のお手入れをしながら目には見えざる無数の菌たちの存在を感じたり畑で土壌と戯れていたり、なんなら縁起的に世界を生きるという話をそこかしこでさせていただいている身からすると共鳴することばかりでした。

★9月2日追記★
9月11日朝7時から、ぬか床のお手入れ習慣コミュニティ「ぬか床共発酵のリズム」のオープンルーティンというのがあり、無料で参加できます。ご興味ある方はこちらもどうぞ◎
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「腐る経済」からの7年間のタルマーリーの旅路

前著「腐る経済」から7年ほどを経て刊行された本書ですが、第1章「再出発」では、特に「腐る経済」以降のタルマーリーの旅路が語られています。

その後の菌の話も魅力的なのですが、第1章で語られる事業経営の舵取りのリアリティがもう痛切で、個人的には初っ端から感銘を受けました。

自身で起業したり、スタートアップに参画したことのある方ならわかると思うのですが、メディアに取り上げられたり、世の中的には成功して波に乗っているようにみえる時期こそ、実は内側で葛藤を抱えていたり、組織が崩壊して苦難の連続だったりします。

そして、そうしたときにこそリーダーの意識の在り方が問われるわけですが、いやぁ、もうなんというか、渡邊さんの葛藤と向き合い方、直観や身体や菌の声に耳を傾け、やってみて、切り拓いていく旅路がめちゃくちゃカッコ良い。

先日のeumo新井さん、ポケマル高橋さんとの出版記念トークで、高橋さんが「最高の教育は人生って面白いって背中で示すことだ」と言っていましたけど、まさにそれだなぁと。

ということで、最初からひとり勝手に胸熱。

菌は嘘をつかない。菌はおりてくる。

最初から菌の話からそれちゃいましたが、第二章以降はタイトルにもあるように、菌との対話を通じてひらかれていく世界がありありと描かれていきます。

たとえば、コロナで世界状況が一変した2020年に起きた、麹菌採取についての現象。

仕込む度にいつもより麹菌の割合が多く、綺麗に麹菌が採取できたということなのですが、これにより、菌という自然の代弁者と対話することで、複雑に絡み合うより大きな枠組みとしての現実世界と、自分の思い込みや思考とのズレを少なくすることができるのではないかと気づく。それは、「もっと大きな視点を持て!」「世界中の人間活動が、あなたの周りの環境に影響しているのだよ」という麹菌の声が聴こえてくるようだったといいます。

・麹菌に影響する自然環境について、私の意識は古民家の室内から地域環境へと少しずつ大きな枠組みへ向かい、COVID-19という世界的変化によってさらに大きく視野を広げる必要を知った

・自然は常に変化する。菌という自然の代弁者と対話することで、いつも変化していく自分を受け入れることができれば、複雑に絡み合う大きな枠組みである現実世界と、自分の思考とのずれを小さくすることができるのではないだろうか

あと、個人的には「菌がおりてくる」という表現にいたく感動しました。神様がおりてくるかのような美しい表現だなぁと。ぬか床をやっていても感じますが、空気中にたくさんのみえない菌たちの存在を気づかせてくれると当時に、アニミズム的な精神性が感じられました。

美しい麹菌の写真(本書より)

因果ではない、縁起としての発酵

そうして、菌たちが教えてくれる様々なエピソードが語られていくのですが、印象的だったのが、職人つきっきりの重労働が当たり前だったパン作りにイノベーションを起こした「タルマーリー式長時間低温発酵法」のお話し。

・菌との暮らしが深まっていくと、彼らの動きが喜びがわかるようになってくる。そして、発酵菌をうまく呼び寄せるためには、彼らが喜ぶ自然環境を整えることが必要だと感じはじめた。以前はパン工房内の環境にしか関心がなかったわたしに、菌たちは「パン工房以外のことも考えてよ!」「世界全体を、あるがままの姿で捉えたほうがいいよ」と語りかけてきたのである

・レーズン酵母とビール酵母を厳しい環境下で繋いでいくうちに、生命力の強い酵母が自然に選抜されていったのかもしれない。

・「タルマーリー式長時間低温発酵法」ができている要因は、タルマーリーで何年も培養してきた菌の性質のおかげなのかもしれないけれど、単純に菌だけに要因を見出すのは、なんだか勿体無いような気もする…(中略)…それにしても、もしも教科書通りの科学技術だけを信じて行動していたら、このようなイノベーションは起こらなかった。単純な因果関係で正解をだそうとする「科学」を信奉しがちな現代の私たちは、自然の素材の一つ一つの潜在能力を最大限引き出すチャンスを、自ら失っているのかもしれない。

こうした経験を通じて、渡邊さんは、直線的な因果関係だけではなく、縁起で世界を捉えていくようになったそうです。

パンやビール、お酒作りなどとは繊細が全く異なりますが、ぬか床生活をしながら、いつも縁起的な世界としてぬか床の話をしている身としては共鳴することがたくさんありました。

白黒はっきりさせたがる原理主義的な束縛からの自由

・全体を理解するためには、わからないところを排除するよりも、一時保留しながら、全体をあるがままに捉えて考えていった方がより正しい答えに近づくのではないだろう。このような曖昧さが動的な思考につながり、どんな変化にも対応できるようになると実感している。★★

・発酵を取り巻く環境は、単純な「因果」ではなく、複雑な「縁起」で捉えるべき世界だろうと思う。「縁起」で捉えられるようになったことで、以前は思いもつかなかったような「タルマーリー式長時間低温発酵法」などのイノベーションを起こすことができた。そうして、わたしは、白黒はっきりさせたがる原理主義的な束縛から自由になっていった。

白黒はっきりさせたがる原理主義的な束縛からの自由。

これは現代社会の本当に大切な命題のように思います。

そして、こうした因果関係だけでは捉えられない世界に立ち上がってくるのが、白黒明確に線引きのできない曖昧な領域としての「あいだ・あわい」。

Ecological Memes でも春分に開催したGlobal Forum 「あわいから生まれるもの -人と人ならざるものの交わり-」や、先月立ち上げた「あいだの探索・実践ラボ」でも向き合っているテーマでもあります。

この渡邊さんの実践は、イノベーションがなぜ現代社会に刷り込まれた二元論・二項対立的な思考様式を乗り越えていかなければならないかを生々しく物語ってくださっているように思うし、

何よりイノベーション云々の前に、僕ら一人一人の暮らしや生き方の実践にあいだ・あわいの領域を取り戻していくことが、他者や他の生命を含めた世界、そして自分自身とつながりなおしていくために避けては通れない道筋のように思います。

なお、縁起について興味がある方はよければこちらもあわせてぜひ。

世界に「あいだ」を回復させるレンマ的論理は、地球規模の生態学的危機を乗り越えるOSとなりうるか?〜<あいだ>を開く-レンマの地平/木岡伸夫を読む〜

森のバロック①:南方マンダラの世界をのぞいてみる-無意識の集団記憶や共同幻想が生まれるメカニズム-

絶え間ない観察と動的な世界との向き合い方

そして、話は、生命の営みを日々観察し続け、向き合う動的な態度へ。

野生の菌による発酵は曖昧で動的だ。職人はとにかく観察を深めてその素材と菌の性質を理解し、それらの自然といわば一体化しようとする。パターンかできないモノ作りはその都度思考しながら完成に向かう★

・動的なモノづくりにおいて職人は、日々現象を観察して経験を蓄積し、全体の関係性の中から直感的に最適解を導いていく。全ての素材や現象を包括的に捉え、できるだけ多くの関係性が良くなるように動く。

・とにかく「なるべく多くの人や生き物が幸せになることが自分の幸せにつながる」という自然界の論理を理解するのが大事だと言いたい。これをハッキリと認識するためには、自然界がいつも動的であることを日々実感することが必要だ。だからといって、何もわたしのように職人仕事をする必要はない。例えば、家庭における料理であっても、十分に動的な自然界の営みを感じられるのではないかと思う。

ぬか床をやっていると、手を入れた感触や味や匂いや質感が日々変化して、あぁ生きてるんだということをめちゃくちゃ実感します。

そうした生きた複雑な営みと向き合っていると、直線的な「A→B」という因果律での理解だけでは歯が立たないというか、むしろ、それにはまればはまるほど、白黒つかない曖昧な要素や生命の営みを捉える微細な感覚が排除されていってしまいやすいことを日々体感します。

一壺のぬか床でさえ、その日の温度や湿度、部屋の匂いや風通し、かき混ぜる僕の手や心身の状態などあまりに多くの変数が、これまた無数のみえない生命たちとの相互作用の中でおこっているわけですから、全てを頭だけ因果だけで把握できないことはやってみればすぐに体感されます。
(データ計測して複雑系の解析を、というのも同じことです)

もちろん科学的に解明されている部分もあるので、ぬか漬けって植物性乳酸菌による発酵食品のことでしょ?とか「わかったつもり」になることはできます。でも、そうした部分の解明を組み合わせていくことと、このぬか床、言うなれば、「目には見えない無数の生命たちの摩訶不思議な発酵生態系」の全体性に触れていくというのは全く異なる、ときには、真反対の営みかもしれないということを自覚している必要があります。

ぬか床は、実際は乳酸菌以外にも酵母とか多種多様な微生物が入り混じっている超複雑系の発酵エコシステムだそうですが、そこに、人が手を入れていくことで、自分の手の常在菌なんかも入り混じって、世界に一つだけの微生物群ができあがっていくわけです(まだ全ては解明はされていないそうです)。

本書でも「モノづくりにおいて大事なのは、今この瞬間に目の前で起きている自然現象を観察し、そこから学び取って行動し続けることである」と書かれていますが、

こうした複雑な生命システムと向き合うときに大切だなと感じるのは、絶え間ない日々の観察と、心身をめいっぱいつかって感じて、考え続けること。スナップショットでの分析的な知識や思考よりも、今、ここで起きている自然現象に向き合うこと。そして、複雑なものを複雑なまま受け取ること。
(渡邊さんの言葉を借りれば「頭は平気で嘘をつくけれど、身体と菌は嘘をつかない」)

これは、ぬか床だけでなく、多種多様な生き物たちと混生密生の協生農法をはじめてからも同じように感じていることでもあります。

(なお、補足しておくと、協生農法の場合は、これを直感や俗人的な経験頼みにせず、あくまで複雑系科学と情報技術などの超複雑性を処理するテクノロジーを掛け合わせることで、人の精神資産の拡張も含めた、生物多様性回復に向けた実践をひらこうとしていくところにも僕は可能性を感じています)

菌の声を聴くことは、生命の営みの連環への入り口をひらくということ

静的なモノづくりでは、一つ一つの因果関係を明確化し、ハッキリとした理論の中で役に立つものと役に立たないものが仕分けされる。

・そして、不安定な要素を合理的に排除する。「役に立たないものはいらない」という排除の思想が、科学的に「良い菌」だけを利用し、「悪い菌」を殺菌・滅菌する正義へと発展していく

「科学的」という言葉が皮肉なことにまるで魔法のようにパワーを持つ現代社会で、こういうことを本に書くって勇気のいることだったりすると思います。

でも、縁起的な世界観というのは、世界のことをより分かろう(分けよう)とする気持ちや科学的解明の大切さと相対するものではないと思うんです。むしろ、南方熊楠が目指したように来るべき新たな学問の姿

先の出版トークイベントでも話になっていましたが、「科学」の重要性を十分に認めた上で、同時に、そもそも人間がすべてをわかるつもりになって、科学的に証明されたもの以外を否定してしまうのは謙虚でないよと。そういうことなのではないかと思います。

もう少し書くと、縁起は因果を包摂しますから、縁起的に捉えられる世界のもとでも因果自体が否定されるわけではないのですが、因果こそが全てだと思い込み偏り過ぎてしまってしまうと、複雑なものを複雑なまま、直感的に全体性を把握する糸口に気づくことができなくなってしまう。

その入り口が塞がれてしまうということは、目には見えない無数の生命の連鎖からなる自然界や生命の営みから切り離されていってしまうということであって、本来生命の大きな環の中の一部として活動するはずの人間にとっては致命的なことであるはず。ある意味、そうした人間世界に閉じてきてしまった近現代産業社会の帰結を迎えているのが今なのではないかと思うのです。

タルマーリーの地域内循環図(本書より)

なので、この本は、パンやビールやお酒をつくる職人さんだけの話ではきっとないと思うんです。

生きた生命システムとの動的・縁起的な向き合い方。

そして、人ならざる存在の声を聴き、謙虚に相互作用(ダンス)し続けていく態度。

この本で渡邊さんが菌との物語を通じて伝えてくださっていることは、これからの未来をひらいていく上で、ーネイティブ・インディアンの言葉を借りれば「未来の子孫たちからこの地球を借りて」今を生きていく上でー、とても大切なメッセージなのではないでしょうか。

ぜひご自身で手に取って読んでいただけたらと思います。

また、来週は菌やぬか床がらみのイベントがありすので、もしこの辺りのテーマにご興味ある方はどうぞ。

栽培・ぬか床・食の視点から。「菌」にまつわるクロストーク
https://nesto-gathering-2021-08.peatix.com/

ぬか床共発酵TALK|ぬか床相談室 ~悩んだら、ぬか床博士にきいてみよう!
https://nukadokotalk-1.peatix.com/

★9月2日追記★
9月11日朝7時から、ぬか床のお手入れ習慣コミュニティ「ぬか床共発酵のリズム」のオープンルーティンというのがあり、無料で参加できるそうです。ぬか床をやられている方もこれからはじめようと思われている方も、ご興味ある方はこちらもどうぞ◎

【9/11(土)7:00 オンライン】ぬか床手入れの習慣を体験。ぬか床共発酵のリズム〜Nestoオープンルーティン
http://ptix.at/HfySU5

最後に、微生物を取り巻く生命の歴史や真核生物の細胞共生説について、コラムで素晴らしくまとまっていたのでメモ。

このあたりを知っていると、私たちの身体のかなりの部分はヒトならざる存在からできていて、そうした菌類・細菌・ウイルスが高度に絡み合い共生している超生命体であること、「これからは自然や他の生命との共生」と声高に叫ぶ前からすでに無数の生命によって生かされているというシンプルな事実も受け取りやすくなるのかもしれません。

微生物からみる地球史
・..そもそも地球上に初めて現れた生命体は微生物であり、その後、動物や植物が生まれるまでには実に30億年以上と長い時間がかかった

・38億年前に海の中で無機物から生命が誕生したと言われている。 その生命体は「古細菌」と呼ばれる嫌気性生物だった

・32億年前に光合成を行う細菌「シアノバクテリア」が生まれる。太陽エネルギーを利用して 光合成を行う結果、酸素が発生する。そして大気中の酸素濃度が高まり、酸素を利用する好気性細菌が繁殖するようになった。

・そんな中、20億年前に古細菌と遊泳細菌が合体して「真核生物」が生まれた。真核生物とは、新t内を構成する細胞の中に細胞核と呼ばれる細胞小器官を有する生物である。好気性細菌が真核生物の細胞内に共生してミトコンドリアとなり、シアノバクテリアが共生して葉緑体となった。これは、「真核細胞の細胞共生説」と呼ばれている。

・ミトコンドリアが共生することになった細胞は、のちに菌類や動物へと進化し、一方で、葉緑体を取り込んだ細胞は植物へと進化していった。

・そしてようやく5年前にようやく、苔類や地衣類といった光合成生物が海から大地へ上がった。

・最初に陸に上がった光合成生物が少しずつ土を作った結果、その一億年後にシダ植物が登場する。このシダ類が成長し、枯れて、分解されていくことを繰り返し、その後も様々な動植物が進化して生まれ、そうして何億年もかけてやっと土ができていったのである。

・人間はおよそ37兆個の細胞からできているが、人間の腸内には約100兆個の細菌が、体表には約1000兆個の細菌が住んでいて、まさに私たちと共生関係にある。

・特に近年、幸せホルモンと呼ばれる脳内物質セロトニンなの前駆体の90%が腸内細菌によって作られているという研究報告もある。

・このように単純明快に因果関係を解明する態度は農業にも適用されていった。植物が土から吸収している栄養は「窒素・リン酸・カリ」だと特定し、その3つの物質を化学的に合成した化学肥料を畑に撒くようになった

この辺り興味ある方は下記などもおすすめです。