すくもは生きている。発酵と藍染めと久留米絣と。

来年のものづくりと自然のあいだを探るあいだラボフィールドワークに向け、
福岡八女にてUNAラボさんにご案内いただいてクラフトをめぐる旅。

今回のメインテーマは藍染めと久留米絣。
最初に伺ったのは藍染絣工房さん。
YAMANAKA BLUEと呼ばれる鮮やかなグラデーションが世界的にも有名だそう。

ついに、出会えた…すくも!

素人ながらタデ藍を協生菜園で自分で育てて、
生葉染めをしたりしている
身としては、念願のすくも。


すくもは、藍染の染色のもととなるもの。
「灰汁醗酵建(あくはっこうだて)」と呼ばれる江戸時代から続く伝統的な藍染め技法で、
まず、タデアイの葉を3-4ヶ月かけて発酵させて、染料のもととなる「すくも」をつくり、
それをさらに、藍甕の中で灰汁やふすま、酒などと共に発酵させ、その液の中で何度も染め重ねる。
四季のある日本で、一年中上質な藍染めができるように考え出された、日本独自の技術なのだそう。

藍の花は本当に生きている


ちなみに、なぜ発酵させるのかというと、染色成分となる青い色素インディゴは、なんと、発酵すると水溶性になるため。

藍の葉には、そのための藍還元菌が寄生していて(すごい!)、
アルカリ性の環境を整えてある程度の温度で菌を活性化させると、
酵素が発生し、インディゴを水溶性に変え、染色可能になるらしい。

そのためにいれる貝灰やふすまは、単にアルカリ性にするだけでなく微生物の餌になる…
つまり、藍染色液は生きているってこと!藍の花は本当に生きている。

「藍を建てることは、子供を育てるのと同じである」という志村ふくみさんの言葉を思い出します。

・「かめには一つひとつの藍の一生があって、揺藍期から晩年まで一朝ごとに微妙に変化していきます。朝、亀の蓋を開けると、中央に紫暗色の粟野集合した藍の花(あるいは顔)があり、その色艶をみて機嫌の良し悪しをしります」

・熾んなな藍気を発散させて、純白の意図を一瞬、翠玉色に輝かせ、縹(はなだ)色に変わる青春期から、落ち着いた瑠璃紺の壮年期をへて、日ごとに藍分は失われ、洗い流したような水浅黄に染まることは、老いた藍の精霊のようで、その色を「かめのぞき」ということもだいぶ後に知りました。かめのぞきといえば、甕にちょっとつけた淡い水色を言うように思いますが、じつは藍の最晩年の色をいうのです。健康において、なお矍鑠とした品格を失わぬ老境の色がか「かめのぞき」なのです

・そして、この藍の一生として時間的に顕れる色彩のグラデーションは、この自然界の豊かな多様性とうつろいを象徴的に映し出したものでもある。

・「藍」はかまを潜らせる度数によって、徐々に深沢おまします。そのうつりゆく濃淡のうつくしさは、水際の透明な水浅黄から深海の濃紺まで、海と空そのものです。あの藍という植物から、よく人々はこれほどの自然の恵みを引き出したものです」

・こうした大きな時間のうつろいの中で、色をとらえる感覚を、最も凝縮して経験させてくれるのが、発酵という微生物との対話を通じて「藍の人生」をプロデゥースする藍染の技法なのです。

ーCOSMIC TREE / 竹村真一 より

…そう、ぬか床と同じ!すごい!
暮らしや工芸の知恵や技術は生命の営みとなんと深く繋がっていることか…と、ひとしきり興奮したあと笑、そんなすくもに宿る菌たちを感じながら、Yamamura Blueと呼ばれ世界的にも知られている藍染絣工房さんや、インド藍をはじめ天然染料にこだわりOEM・中規模生産から自社プロダクトまで手掛けられる宝島染工さんにて、実際に藍染を体験させていただくのでした。

こちらは宝島染工さん

久留米絣と筑後川

あと、久留米絣も面白い。
括りとよばれる技法で糸の段階で染め分け、文様を織りなす先染めの織物。
江戸時代の後期に、井上伝という当時12歳の少女が創始したとされている。

糸の伸縮も考慮にいれた精緻な染め分けと織りを必要とするとんでもない職人技で、織物になるまで30以上もの工程があるそう。気の遠くなるような手間と時間を経て出来上がった久留米絣は、 品質が良く、 丈夫で長く持つという。

面白いのは、今回のテーマでもある、久留米絣と筑後地方の気候風土のつながり。

古くから「筑紫二郎」として親しまれる日本三大暴れ川の一つ・筑後川の氾濫によって生み出された筑後平野の肥沃な土壌や、温暖で梅雨の時期がはっきりとした気候から、綿花や蓼藍の生産、家庭での綿織物がもともと盛んだったそう。

同じく四国三郎と呼ばれた吉野川・徳島では台風でやられる前に収穫できる作物として藍の生産が藩の政策として推進されていたこともあり、久留米は絣で勝負することに。

想像するだけでも途方もない手間のかかる絣だけれど、
農業の盛んな八女では、休閑期に内職で織られ続けてきたのだという。

自然のリズムとは切り離された現代社会では、一定の効率性が求めらてしまいやすいけれど、
暮らしも産業も、季節のめぐりやゆらぎの中で生まれてきたものなのだとはっとする。

そうして庶民の日用品として暮らしを支えた木綿の絣は、西南戦争を機に、駐屯地であった久留米から全国に広がっていった。が、文明開花と暮らしの西洋化によって少しづつ洋服と入れ替わっていく。

伊予絣、備後絣とともに日本三大絣の一つともされるが、現在産業として残っているのは久留米絣だけなのだそう。

そんな、久留米絣と筑紫二郎への愛に溢れるIKI LUCA小倉知子さんのめちゃ熱い関係世界の物語(通称GALAXY)を伺いながら、久留米絣も藍染も、はたまたゴム生産も(久留米はブリヂストンのお膝元)、生み出してきた筑紫二郎の凄さと、人の暮らしや文化(Culture)と自然(Nature)が、資源活用云々のみならず、本来的にどれだけ絡まり合っていたのかに想いを馳せる。

…と、書きはじめたらとまらなくなってしまった笑

山村健さんの工房にて、太陽を浴びて輝く、
藍染の久留米絣たちのあまりの美しさにはっと息をのんだわけですが、

それは、植物と微生物と地球と作り手の確かな協働作業の賜物だったのだと腑に落ちました。
藍染め、やっぱりハマりそう。。来年のあいだラボフィールドワークは、すくもづくりの時期にもやりたいな
(自宅でもすくもづくりになんとか挑戦してみたい…でも匂いが大変らしい…)

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